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itusanの無駄話
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文学講座 高村光太郎 智恵子抄
今年の講座最後の講義は智恵子抄だ、智恵子(明治19年生、昭和13年没、)
智恵子52歳だ、実際には彼女は精神病になり、8年は療養の生活になる、元気な年齢は44歳迄だ。当時よしては其れほど
早死にではないと思うが、光太郎の詩には悲しい事のみと思うほど、美しい夫婦愛が書かれている。

戦後2人の関係に批判的な意見が出されたが、詩人が文学作品の中で虚構の中に描く事は問題でない。智恵子抄が描いたのは
あくまで、光太郎の視点による愛の世界である

智恵子は日本女子大をでて、1年上の平塚雷鳥と付き合う、絵画を学び、洋画家として生きる、セザンヌ、ゴッホゴーギャンを好んだ
女性雑誌「青鞜」の創刊号の表紙を描く、周囲と同調しない独自のセンスや美的感覚の持ち主、
自我の強い内向的性格で、心を許した相手とのみ交流、自分の考えやスタイルを崩さない傾向がある
光太郎と出会い、新しい芸術、思想を理解しあい、近代的恋愛関係が実現でき、智恵子が理想とした新しい芸術、生き方を体験
できた。

光太郎にとって智恵子の存在がかけがえのない切り離せない存在になっていった。「あなたは本当に私の半身です」詩の中に
表現されている2人の関係から光太郎の恋愛観が主観的、且つ自己中心的である事が見えてくる。光太郎は又、彼女は唯ひたむきに芸術と私とへの愛によって生きていると言っている。智恵子は光太郎の理想に生きていると言うことだ

智恵子は恋愛期を終えると、狂ってしまう。病状が悪化し光太郎の苦悩はピークに達する、
光太郎との生活は幸せ一方で其の期間は驚くほど早く過ぎ去ったのだろう。智恵子と過ごした日々必死に看病する姿、其の光太郎の必死さは胸を打つ、又智恵子の人生を考えながら此の詩集を読めば、より深く苦しんだ智恵子の姿も見出すことができるのである。此の二面性、一つ一つの詩と彼らの人生を通して我々は此の大kな問題について問い続けたくなる

実際の智恵子の白黒写真を見せて頂いた、田舎の普通の少女の顔である、近代的な美人を見ている我々には「ほー」と言う
感じある

智恵子を千恵子と最初、書き間違えていました。何方か親切にコメントして下さいました。有難うございます



 








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2015/10/26(月) 12:06:40 | | #[ 編集 ]
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