itusanの無駄話
楢山節考を読んで
区民大学の第3回目の講義この書は民間伝承の棄老伝説をテーマとした小説で
おりん言う老婆が主人公である

普通、姥捨てと言えば拒み、嫌がりながら棄てられる老人を想像しがちだが、
「楢山節考」の主人公は自ら進んで棄てられようとする型破りの女性だ
食物が少ないからだ、息子は、楢山に老婆を捨てなければならぬ事が村の掟であるが、出来れば長く家にとどまって貰いたいと思う。

だが甥っ子が林家の娘をみごもらせるに至って腰を上げざるを得なくなる
張り裂けんばかりの気持ちで、神の住む荒山におりんを捨てに行く

此の書が中央公論新人賞の当選となった、正宗白鳥氏は今年の内の記憶すべき一事件と言い、又人生永遠の書とまで言い切った事は余程感銘が深かったからだろう

我ら日本人が何千年もの間続けてきた生き方が此の中に有るのだろう
昔の人の楽しみは何だったのだろう、生きることが楽しみだったのか

此の講義をする文学の準教授は話し方があまり上手くない、講義をする文章位コピー
しておくべきと思う。苦痛と退屈である

平城山と言う歌が有った、私達が若い時随分合唱した、ならやま違いだった
寂しい感じの歌だったので、混同していた、
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安岡章太郎を読み勉強する
明治大学文学第2回、安岡章太郎「海辺の光景」

作者は全く人生における劣等生で、文学に於ける優等生でした
芥川賞、毎日出版文学賞、芸術院賞、日本文学大賞、読売文学賞、野間文学賞等々の文学賞を多数受賞、晩年は妻、娘と共にキリスト教に入信。

立派な文学人生を過ごした割のは、其の文学書には読んでいて、感動が湧かない、然し、人々及び当時の文学者は素晴らしいと言う

感情が湧かない・・・・・此れで果たして立派な文学者なのか???

専門家の意見としても・・・水彩画の様な小説、感情移入無し、起伏無し、ネッチコイ、良さが判らない
・・・と言う批評も有る、然し此の海辺の光景は文部省奨励賞を受賞。。。「群像」に掲載された

此の本の神髄は「墓標の様な杭の列を眺めながら、彼はたしかに一つの”死”が自分の手の中に捉えられたのをみた”と評論家は言う!!

一生懸命講義を受けている老人、一番前の席で、先生の言葉に一々うなずき、お世辞笑い等を言う
土曜日の生活の一コマでした

誠に人生は此の様なつまらない事象の連続なのかな、不思議な気がする
乗鞍高原~上高地を散策
9月末乗鞍高原に行き、其処から上高地へ赴く
2回目の訪問だが、前回と全く同じ雰囲気だ、素晴らしい感覚の場所だ。

肌に感じる風は爽やかにつきる。

大正池から河童橋までの歩きで終わるのだが、此の半時は長い半時だった。
田代池の風景田代湿原からの山々・・・・展覧会に出したい衝撃に駆られた
空の青さが画像を引きしめる。

帰りはバスを乗り継いで帰った来年は畳平に是非行きたいところだ・・・・・
今年は後京都と写真撮影会が待っている


家庭の幸福(太宰治)を受講
昨日本年第一回の文学受講、約一時間半、生徒は三〇名。
家族に関する小説はあまり面白くない。太宰治と言う人は立派な人では無い、川端康成等は嫌ったとか
自分本位であり、再婚の繰り返し、だらしのない人だ
三島由有紀夫も同じタイプの人間であり、川端氏に嫌われた、従って太宰本人が偉く望んだ芥川賞は貰えなかった。
作者が言う此の書籍の結論は・・・曰く、家庭の幸福は諸悪の本・・・
特に官僚(区役所員等)の家庭を等のエゴイズムと言うべき陰鬱な観念に悪を感じると言う
近代社会は消費社会、結婚出来ない人は金が無いからだと言う、消費の世の中と言っても
ラジオは給料の半分を投じないと替えない、宝物なのだろう。
此の小説も役所の人が宝くじに当たり、その金でラジオを買う、会社の引けの時間が待ち遠しい
定刻が来て帰ろうとすると、女ぼ人が来て相談したいと言う、然し定刻を過ぎた今、役所の本人は相手にせず、其のまま帰る。翌日其の女は川に身を投じ、自殺する。
官僚の横暴が前面にでた作品だ。それだけの話しだ!!